「釧路とくじら」について

ページ番号1006269  更新日 2022年8月25日

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くじらのまちづくり

鯨肉の普及と釧路事業所の設立

当初、鯨肉の主な消費地は、古くから捕鯨が発達していた西日本で、ヒゲクジラの尾羽や畝皮が好んで食べられていました。大正末期から昭和にかけての全国的な不景気を受けて赤肉も食べられるようになりましたが、東日本では好みに合わずあまり普及しませんでした。

そのような中、1941年の太平洋戦争開戦による食料や物資の不足を受け、北海道庁と北海道精肉組合連合会が道内7市で鯨肉の販売を開始し、釧路市では同年8月2日に店頭に鯨肉が登場しました。しかし人気がなかったためか、10月には新聞紙上にカレーライス、カツレツ、コロッケ、すき焼きなどの調理法を紹介し、消費普及に努めています。また、捕鯨会社も鯨肉の牛肉代用品化の研究を進めており、要請を受けた釧路水産加工食料品工業組合が、鯨肉の臭みを取り除くことに成功したほか、帝国水産釧路工場が鯨の尾羽を使った焼竹輪の製造試験に成功するなど、鯨肉の供給に貢献し、高度な水産加工技術は高い評価を受けました。

1944年、極洋捕鯨が釧路港に捕鯨事業場を設立。交通網が発達し、本州との流通に関して利便性が高い釧路市は、捕鯨会社にとって魅力的な立地条件でした。捕鯨基地となった釧路では、戦時下の物資配給制度のなかで、鯨が市民の食料の一端を担っていました。1949年には、鯨肉の消費拡大を図ろうと極洋捕鯨が釧路市の後援を受けて鯨肉の食べ方についての説明会を開催。南氷洋帰りの捕鯨船司廚長が講師を務め、市長夫人や病院長夫人、婦人会代表などにカツレツ、テキ、すき焼き、さらし煮込などの調理法を説明しました。

そして1951年、交通・流通の利便性がよりよい土地を求めて、日本水産が室蘭・広尾・霧多布を閉場して釧路に進出。釧路捕鯨事業場では、鮮肉、塩蔵肉、鯨油、肝油、肥料等が製造され、鯨肉は生のまま大阪、東京、仙台へ移送されていましたが、1割程度は市内で消費されていました。当時は刺身や竜田揚げが一般的な食べ方で、市内のどこの飲み屋でも提供されていたといいます。この日本水産釧路捕鯨事業場の一部は、現在も釧路重工業株式会社の社屋として使用されています。日本水産の進出により港の南端と北端に大手捕鯨場をもつこととなった釧路は、日本の一大捕鯨基地へと成長します。

日本一の沿岸捕鯨基地釧路全盛の時代

釧路では、1950年から鯨肉が学校給食に登場し、カレーや揚げ物にも使われていました。当時、赤身の価格は牛肉、豚肉、鶏肉の3分の1から4分の1で流通していたため、家庭での消費も拡大しより身近なものとなりました。

鯨肉の需要が高まる中、釧路は1952年から1961年の10年間、沿岸捕鯨で日本一の捕獲頭数を記録し、日本を代表する捕鯨基地として全盛を極めます。飲食店では鯨肉の刺身が定番メニューになり、鯨肉缶詰工場が市内の高校生の格好のアルバイト先となるなど、鯨は市民生活の中にしっかりと定着していきました。しかし、鯨資源の減少と、北洋母船式捕鯨業の存続を優先する政策のため、沿岸大型捕鯨の黄金時代に終わりが訪れます。極洋捕鯨は1969年、日本水産は1965年を最後に、相次いで釧路の捕鯨を打ち切りました。

沿岸小型捕鯨基地としての顔

釧路はミンククジラを捕獲する沿岸小型捕鯨の基地としても活躍しました。日本が食糧難に陥った第二次大戦中に、小型の船を用いてミンククジラを捕獲したのが始まりで、1953年に地元の漁業者が小型捕鯨船を買い取り、その舟を用いて独自に沿岸小型捕鯨を開始しています。夏から秋にかけては毎年日本各地から小型捕鯨船が集結し、幣舞橋の袂に係留され賑わいを見せていました。北海道での操業が内地と大きく異なる点は、捕獲したミンククジラを洋上の船内で解剖できた点で、釧路では新鮮な鯨肉を食べることが出来ました。

釧路市としての新たな取り組み

いわゆる商業捕鯨モラトリアムにより、1987年をもって一旦は釧路の捕鯨の歴史は途切れましたが、2002年の第2期北西太平洋鯨類捕獲調査の一環として行われた釧路沖でのミンククジラの調査捕鯨を契機に、鯨のまちとして新たなスタートを切ります。

調査初日には捕獲された4頭のミンククジラが40年ぶりに釧路港へ水揚げされ、まちは鯨ブームに沸きかえりました。通常は扱わない小売店や飲食店も鯨肉の取り扱いをはじめ、学校給食の献立にも鯨肉のカレー風カツが出され、児童からも美味しいと好評を得ました。2005年には釧路市と漁協や市場が一体となって、商業捕鯨の再開と鯨の文化を広めることを目的に「釧路くじら協議会」が設立され、鯨料理や加工品の開発、鯨学習、捕鯨史の編纂、ミンククジラの骨格標本作りに取り掛かりました。このほかにも、釧路市では市民に捕鯨文化を再認識してもらおうと「クジラ創作料理コンテスト」や、「クジラに親しむ市民の集い」「クジラと食文化を語る市民の夕べ」といった鯨に関するシンポジウムが開催されました。

2010年からは「くじら祭り&くしろの鯨味めぐり」を開催。市内の飲食店が腕を振るった鯨特別メニューが500円(税込550円)で提供されるこの祭りは、年々客数を増やしており、市民や観光客から好評を得ています。

そして31年ぶりに商業捕鯨が再開された現在、9月を「くじら月間」と銘打ち、鯨肉普及キャンペーンやくじら祭りを開催するとともに、学校給食への鯨肉購入の支援を行うなど、鯨文化並びに鯨食文化の振興・発展に取り組んでいます。

(出典元 釧路捕鯨史、釧路と鯨)

主な取り組み

市内のくじら関係団体で組織された「釧路くじら協議会」を中心に、毎年、釧路沖での捕鯨操業が行われる時期に開催する「くじら祭り」をメインとした各種イベントを通して、鯨文化や鯨食文化の普及活動を行っています。

写真:イベントによる普及活動
くじら月間イベントの様子

釧路沖調査捕鯨の実績

年度

14

16

17

18

19

20

21

22

23春

23秋

24

25

26

27

28

29

30

捕獲頭数

50

59

60

35

50

50

59

60

17

60

48

58

51

51

21

35

29

捕獲予定数

50

60

60

60

60

60

60

60

60

60

60

60

51

51

51

77

29

  • ※当初は隔年で実施(14・16年)、平成17年からは毎年実施。
  • ※商業捕鯨の再開に伴い、平成30年で終了。

関連情報

このページに関するお問い合わせ

水産港湾空港部 水産課 水産係
〒085-0024 北海道釧路市浜町3番18号 くしろ水産センター2階
電話:0154-22-0191 ファクス:0154-22-9395
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