ツイッター連動ページ「つぶやきの画像」(2012年度)

ページ番号1002656  更新日 2022年8月25日

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まちの中にはさまざまなものがありますが、その中にある「釧路」を見つけましょうという催し物です。
普段、車での移動でまちの中を歩く機会がなかったり、普段に何気なく見ているものも意識を変えてみると、あらためて気づくものが出てきます。
そのような「出会い」をしてみたいと思います。

2012年6月27日ツイート

モシリヤチャシ跡が地名&校名由来の城山小3年生がチャシ見学に。急斜面のため普段一般公開していないのですが、てっぺんからの見晴らしは最高。「チャシって何?」という質問や方位磁石で東西南北を調べたり、しっかりお勉強。釧路にしては暖かく風もさわやか、絶好のチャシ見学日和でした。

2012年6月29日ツイート

午前中(同じ時間帯)に、釧路管内の5校の小学校が、博物館に・・・。総勢300人。いつもは、広く感じる博物館が・・・。

今回は2本立てです。

写真:モシリヤチャシ跡の見学1

国史跡モシリヤチャシ跡を見学に来た城山小学校3年生のおともだち。城山の地名はまさにこのモシリヤチャシの存在からつけられています。ぬけるような青空で絶好のチャシ見学日和でした。(2012年6月27日撮影)


写真:モシリヤチャシ跡の見学2

モシリヤチャシは戦いに使われたチャシです。宝暦年間(西暦1751~1763年)に実在したトミカラアイノというアイヌの長によって築かれました。釧路市埋蔵文化財調査センター職員の「するとだいたい何年前になるでしょう?2012ひく1751は?」という質問に、がんばって暗算しています。


写真:モシリヤチャシ跡の見学3

この日は本当に良い天気。みんなは下から見ていた景色とは違うチャシのてっぺんからの眺めに目を輝かせていました。


写真:モシリヤチャシ跡の見学4

方位磁石を片手に東西南北のお勉強。写真右端側の真ん中あたりに少し小さく見える建物がみんなの通う城山小学校。モシリヤチャシ跡からどの方角にあるかわかったでしょうか?


城山小学校のおともだちは昨年も3・4・6年生がモシリヤチャシ跡の見学にきてくれました。このページの下に昨年の見学の様子を見ることができます。

この日はこどもたちのお勉強ということで上までのぼっていますが、モシリヤチャシ跡は急崖地のある危険な場所で一般公開はしておりません。普段の立ち入りはできませんので、見学御希望の方は釧路市埋蔵文化財調査センター(電話 0154-43-0739)まで御連絡ください。

写真:展示収蔵庫見学1

写真は釧路市埋蔵文化財調査センター1階展示収蔵庫にて大楽毛小6年のおともだちが北海道の時代区分についてお勉強しているところです。


写真:展示収蔵庫見学2

大まかにいうと、北海道には弥生時代がなく、米作りをしない縄文時代と同じような生活スタイルが続きます。続縄文時代といいます。今回はケースから土器を数点取り出し、実際にみんなに触ってもらい、それから改めて土器を見てもらいました。


写真:博物館の展示室見学

その後で博物館の展示室も自由に見学。ツイートにあるとおり、この日の午前中は釧路管内5校の小学校の見学がありました。芦野小、興津小、大楽毛小、東雲小、浜中町茶内第一小のみなさん。博物館展示室にも土器・石器を持っていってみんなにさわってもらいました。土器自身もこんなにたくさんの子どもたちにさわってもらったのは初めてのはず(笑)


写真:公園で昼食

博物館前の公園でお弁当。手前はどちらの小学校でしょう?また来てくださいね。

2012年6月3日ツイート

本日は「歴史探訪会 まちなみ散歩」。霧深い中、33名の参加者が佐野碑園~本行寺のルートを午前10時から約2時間かけてぶらり。釧路まちなみ発祥の地「米町」。まちの姿は変われども、各所に残る江戸から続く足跡を感じ取っていただけたでしょうか。

写真:まちなみ散歩1

あいにくの曇り空に霧の天気でしたが、33名のご参加がありました。釧路発祥の地である米町界わいを歴史散歩する今回、佐野碑園からスタートです。(2012年6月3日撮影)


写真:まちなみ散歩2

釧路には石川琢木(註:本来は琢木の『琢』に点がつきます)の歌碑が多く、ここ佐野碑園にも残されています。歌碑を見ながら琢木滞在中の釧路の様子に思いをはせます。


写真:まちなみ散歩3

米町公園に移動。港をのぞむ位置から釧路港の埠頭建設の歴史について担当者が説明しています。


写真:まちなみ散歩4

次は厳島神社へ。境内の狛犬が江戸時代の所産であることを銘文で確認。元治2年(1865年)とあります。


写真:まちなみ散歩5

釧路埼灯台からは貯炭場を見渡すことができます。あいにくの霧でしたが、ちゃんと見ることができました。


写真:まちなみ散歩6

次は西端寺。ここには春採湖で命を落とした人の供養を目的とした霊場「新西国三十三所霊場」の一番と三十三番があります。つまり霊場のスタートとゴールが西端寺というわけです。


写真:まちなみ散歩7

本行寺聖徳太子堂の前です。聖徳太子は建築・大工の守護神として知られており、建築業界関係者の崇敬を集めているそうです。


写真:まちなみ散歩8

そのためでしょうか、なぜかヘルメットが置いてありました。誰かが供えたのでしょうか、それとも単なるうっかり屋さんの忘れ物?


写真:まちなみ散歩9

午前10時からはじまったまちなみ散歩も米町ふるさと館で解散となりました。今回の歴史探訪会を通して釧路の町なみ散策が少しでも楽しくなれば幸いです。次回は9月23日(場所未定)の予定です。

2012年5月15日ツイート

先週12日は音別町遺跡探訪会でした!強風吹き荒れる中、晴れたのが幸い…参加者22名の猛者は誰一人脱落者なく、古丹ムリチャシ跡、オコタヌンペチャシ跡、ノトロ岬竪穴群を制覇!お疲れ様でした!↓はノトロ岬の竪穴住居跡です。

写真:音別町遺跡探訪会1

5月12日、前日の雨も当日までは延びず、音別町遺跡探訪会は開催できました。写真は参加者がムリ川の河原から画面中央やや左側にぽっこりと見える古丹ムリチャシ跡を見上げています。担当者の「今からあそこにのぼります」の声に「よーしやるぞー」と意気込む方、「うわー大変そうだあ」とおっしゃる方も。(2012年5月12日撮影)

写真:音別町遺跡探訪会2

いよいよチャシにのぼります。右側の斜面がチャシへののぼり口なのですが…。あらためて「うわあ、これのぼるの?」と驚く方も。

写真:音別町遺跡探訪会3

さすがに直線では大変なのでジグザグにのぼっていくことになります。

写真:紫色の花

がんばる参加者の足元には可憐なお花が参加者を応援します。エゾオオサクラソウでしょうか?

写真:音別町遺跡探訪会4

探訪会一番の難所であった古丹ムリチャシ跡のてっぺんに無事到着。がんばってのぼったチャシからの眺めはまた格別です。参加者の立っているところがちょうどチャシの壕(ごう)です。
チャシは、戦闘用の砦、資源監視の見張り台、聖域・儀式の場、談合場、交易の中継基地など、使用時期・地域によりいろいろな機能があったと考えられています。

写真:郷土資料展示室を見学

古丹ムリチャシ跡から戻り、昼食。昼食休憩の時間音別町ふれあい図書館の2階にある郷土資料展示室を見学しています。探訪遺跡のひとつであるノトロ岬竪穴群の出土資料などのほか、音別地区の先史から現代までの歴史や文化、産業資料などを展示しています。

写真:音別町遺跡探訪会5

午後の部です。まずはオコタヌンペチャシ跡。またチャシのぼりですが、古丹ムリチャシ跡を制覇した参加者にとっては問題ありません。

写真:音別町遺跡探訪会6

チャシのてっぺんからは音別川河口付近から音別川をのぞむことができます。眺めはオコタヌンペチャシ跡が一番だったでしょうか?ということで、参加者の方と記念撮影。

写真:音別町遺跡探訪会7

最後の探訪遺跡、ノトロ岬竪穴群です。海に面した遺跡にくわえて前日までの荒天の影響で非常に風が強く、担当者も参加者も竪穴住居跡のくぼみに避難しています。竪穴式住居が風の影響を受けにくいことを実感(笑)。

今回の音別町遺跡探訪会は22名の方のご参加の中、無事終了しました。遺跡の土地所有者をはじめ関係者の方々には多大なる御協力をいただきました。厚く御礼申し上げます。

2012年5月2日ツイート

濃霧なう。GWも天気が芳しくないようで、残念。そんな中、白糠小学校6年生40名が北斗遺跡を見学に。竪穴住居の説明を聞いたり、職員手製の弓矢を打ったりと釧路の先史を楽しそうに学んで頂けました。復元住居がある広場では、5日に葦(よし)を使って屋根ふき体験もやります!

写真:説明を聞く白糠小学校の6年生

連休の谷間の5月2日、白糠小学校の6年生が北斗遺跡ふるさと歴史の広場の見学に来てくれました。史跡北斗遺跡展示館内に復元展示している擦文時代の竪穴住居を見ながら擦文文化と竪穴住居について釧路市埋蔵文化財調査センターの職員が説明しています。(2012年5月2日撮影)

写真:弓矢体験1

この日、外でお弁当を食べる予定でした。朝からやや霧雨だった北斗遺跡でしたが、昼前には霧もなくなり無事に復元竪穴住居が展示している外でお弁当を食べることができました。お弁当のあと、北斗遺跡にある竪穴住居跡の学習をして、センター職員手製の弓矢で弓矢射ちの体験をしてもらいました。よーくねらって…

写真:弓矢体験2

ビュン!と放ちます。時間の関係で一人1回の弓矢体験でしたが、写真左側に見える的を射抜いた児童さんもいました。お見事!

2012年4月17日ツイート

釧路市北斗遺跡ふるさと歴史の広場は本日(4月17日)平成24年度のオープンをむかえました。まだお出かけには防寒対策が必要ですが、今年はやはり雪解けが遅いのか、今ならこの時期限定「竪穴住居跡のくぼみに残る残雪」の光景を見ることができます。

写真:竪穴住居跡のくぼみに残る残雪

4月4日、春採台地竪穴群でも紹介しましたが、北海道では竪穴住居跡の竪穴が完全に埋まりきらずにくぼみとなって残ることが多く、この時期になると写真のようにくぼみに雪が残ることがあります。竪穴住居跡の存在がよくわかります。向こうに広がる雄大な景色は釧路湿原です。(2012年4月17日撮影)

写真は釧路市北斗遺跡ふるさと歴史の広場の史跡展望台から撮影しました。

釧路市北斗遺跡ふるさと歴史の広場の紹介は下記のページをクリック

2012年4月4日ツイート

4月3日より降り始めた雪は雨に変わり現在は強風のみが残っています。まさに春の嵐。そんな天気に驚いて冬眠から目覚めたのでしょうか、珍しいお客さんが博物館を訪れました。エゾアカガエルだそうです。今日はこういう光景があちらこちらで見られるかもしれません。

写真:エゾアカガエル1

朝の開館準備のとき、自動ドアの前にちょこんと座っている珍しいお客さんが。お尻の部分だけ見えています。(2012年4月4日撮影)

写真:エゾアカガエル2

エゾアカガエルのようです。冬眠から目覚めたのでしょうか。北海道では多くいるカエルの一種ですが、博物館の前庭から自動ドアの入り口までは数十mあります。鳥などにもねらわれず少なくともその距離を歩いてきたんですね。博物館横の茂みにそっと置いてやりました。

カエルも来たくなる釧路市立博物館、ご来館お待ちしております。

2012年4月4日ツイート

釧路市立博物館がたたずむ春採湖畔。春採台地竪穴群と鶴ヶ岱チャランケ砦跡の国史跡があります。先日春採台地竪穴群のパトロールに行くと、竪穴住居跡のくぼみに残雪がちょうどくぼみの形に残っていました。ほんの少し前は一面の雪でしたが、日一日とどんどん解け、湖畔の景色も春めいていきます。

写真:竪穴住居跡1

写真中央の部分、2件の竪穴住居跡の竪穴のくぼみに残雪が残って竪穴の形がよくわかります。写真の中にはもう1件竪穴住居跡が奥にあるのですが、ちょっとわかりづらいですね。(2012年4月2日撮影)

写真:竪穴住居跡2

これが雪のない状況。春採台地竪穴群には地表から確認できる竪穴住居跡のくぼみは現在では31件、多くは擦文時代(約1,200~700年前)の後半の時期と考えられています。写真でわかるようなくぼみはその擦文時代の住居跡です。

写真:残雪に動物の足跡

その残雪には動物の足跡が。散歩のイヌか湖畔をねぐらにしているキタキツネでしょうか?周りには人間の足跡がなかったのでキタキツネかな…。(足跡をわかりやすくするため写真の明度を調整しています)

春採台地竪穴群の周辺はまだ雪深い所も多いので、ご見学の際は十分のお気をつけください。

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