【博物館】新平渓煤礦博物園区(台湾)、田川市石炭・歴史博物館(福岡県)との友好館協定

ページ番号1010949  更新日 2024年4月13日

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釧路市立博物館と新平渓煤礦博物園区(台湾) 友好館協定を締結

釧路市立博物館と新平渓煤礦博物園区(台湾炭鉱博物館)友好館協定を締結

2023(令和5)年1月11日、釧路市立博物館と新平渓煤礦博物園区は、友好館協定を締結しました。

締結式は、新平渓煤礦博物園区にて開催。釧路市からは市長・市議会議長・教育長、市議会日台友好促進議員連盟、釧路日台親善協会、台湾からは政府文化部常務次長(文部科学省事務次官に相当)をはじめ、東北角・宜蘭海岸国家風景区管理処、新北市・同市平溪区、日本台湾交流協会などから多くの出席がありました。

調印式の写真

友好館締結

新平渓煤礦博物園区は台北市中心部から自動車で45分ほど、新北市平渓区にあります。かつての運炭路線、現在は観光路線として知られる台湾鉄路管理局(台湾鉄道)「平渓線」沿線で、周辺には日本人観光客にもよく知られる九份(きゅうふん)や金瓜石(きんかせき)鉱山などもあります。
博物館は1965年に開坑、1997年に閉山した「新平渓煤礦(炭鉱)」を活用し、2002年に開館しました。当時の坑口や選炭場などの生産諸施設を保存するとともに、模擬坑道や屋内施設にて新平渓煤礦や台湾の炭鉱に関する歴史や文化を展示しています。また体験乗車ができるトロッコなどもあり、そのユーモラスな形態の機関車は「獨眼小火車(一つ目小僧)」とも呼ばれています。

獨眼小火車

獨眼小火車

国内唯一の稼行炭鉱、釧路コールマインの前身である太平洋炭砿の初代社長「木村久太郎」は台湾で財をなした実業家であり、その設立には台湾5大家族(財閥)だった「基隆顔家」も関わっています。また戦前期を中心に技術者の交流もあったなど、釧路と台湾の炭鉱は共有する歴史を有しています。

現在、新平渓煤礦博物園区では、釧路炭田の歴史を紹介する写真展「台湾新北市平溪線與日本北海道釧路的煤礦・前世今生」(台鉄平渓線と釧路炭鉱の過去と現在)も開催されています。当館でも今後、台湾の炭鉱やその文化を紹介する展示や行事を実施していきます。

展示

なお、今回の協定締結は、2016(平成28)年に新平渓煤礦博物園区と友好館協定を締結した、田川市石炭・歴史博物館(福岡県)に多大なるご協力をいただきました。ここに記して御礼申し上げます

獨眼小火車

釧路市立博物館と田川市石炭・歴史博物館(福岡県) 友好館協定を締結

友好館協定締結式

2024(令和6)年1月31日、釧路市立博物館と田川市石炭・歴史博物館は、友好館協定を締結しました。
締結式は、田川市石炭・歴史博物館にて開催。田川市石炭・歴史博物館の森田竜治館長、当館館長の松本敦(当時)が協定書に署名を行いました。
釧路市立博物館と田川市石炭・歴史博物館とは以前から研究交流や企画展の共同開催などを行ってきましたが、2016(平成28)年に田川市石炭・歴史博物館が新平溪煤礦博物園区と友好館協定を締結したこともあり、前年の当館と新平溪煤礦博物園区との友好館協定締結を機に「3館の連携強化」への機運が高まりをみせたことから、協定を締結しました。
締結式には新平溪煤礦博物園区の龔俊逸館長もオンラインで出席し、今後の3館での連携強化も確認しました。

田川市石炭歴史博物館
田川市石炭・歴史博物館

「3館トライアングル協定」として

トライアル協定へ

釧路・筑豊田川・台湾の炭鉱は、戦前から交流がありました。筑豊(三井田川鉱業所)で活躍した技術者が、釧路や日本統治下の台湾の炭鉱で活躍、また太平洋炭砿の初代社長である木村久太郎は台湾で活躍した実業家であり、台湾五大家族(財閥)の顔家と炭鉱を共同経営するなど、3地域には100年来の交流がありました。
釧路・筑豊田川・台湾、この各館間で結ばれた友好館協定を「3館トライアングル協定」として、今後も研究・人的交流をさらに深め、地域情報の相互発信をさらに強めていきたいと考えています。

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