1-2~5 釧路の大地

1-2 大地と海

釧路川から東側、根室までの海岸は、出入りの多い切り立った断崖の岩石海岸が続いています。それとは対照的に、西側はゆるやかなカーブを描く砂浜海岸が続きます。
そして釧路の沖合いには、延長150km以上、水深5,000mあまりの日本最大の海底の谷、釧路海底谷(くしろかいていこく)が刻まれています。
市街地の北側には、東西幅25km、南北幅36kmメートルに及ぶ日本最大の釧路湿原が横たわっています。
釧路湿原の周辺は、台地や丘陵地が広がり、さらに北側は阿寒・屈斜路・摩周のカルデラが隣接する火山地帯となっています。屈斜路カルデラは、日本で最も大きなカルデラです。

大地と海

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1-3 クシロムカシバク

クシロムカシバクは、1968年(昭和43年)に釧路町十町瀬(とまちせ)の断崖の中腹で当時中学生だった少年により発見されました。新種のほ乳類の上あごで、発見地にちなみこの名前がつけられています。
この化石は発見された地層から、約3800万年前に生息していたことが確認されました。日本ではこの年代のほ乳類化石は少なく、骨の破片や臼歯など断片的なものばかりでした。
しかし釧路産のものは長さが10cm、幅9cmの上あご部分で、左右の前臼歯、大臼歯合わせて9本の歯が残っていました。
この化石は当時、北海道は北アメリカ大陸とアジア経由で陸続きであったことを示す、貴重な証拠となっています。

クシロムカシバク

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1-4 釧路炭田

釧路炭田の形成は、約3800万年前の古第三紀漸新世の時代です。
釧路管内を中心に、釧路沖の海底を含む広い範囲に浦幌層群と呼ばれる地層が堆積し、そのなかの春採(はるとり)層・天寧(てんねる)層・雄別層・双運層・尺別層に石炭が含まれています。
これらの地層の中には石炭の層が数十枚あり、普通1から3メートルの厚さですが、5メートルをこえるものもあります。
釧路炭田の炭質は、発熱量は1kgあたり平均5000~6200calで、また揮発分が多く火がつきやすいため燃料用に適しています。
石炭は、植物が砂や泥にうめられて、長い地質時代をへて泥炭から亜炭、そして石炭へと変化したものです。
釧路の炭鉱は、現在日本で唯一の坑内掘り炭鉱として知られています。

釧路炭田

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1-5 釧路湿原のおいたち

釧路湿原のおいたちは、最後のウルム氷期の中でも最も寒冷だったおよそ2万年前にさかのぼります。この時期の気温は現在より10℃近くも低く、海面は約100m低下したため、北海道とシベリアが陸続きとなりました。
その当時、今日の湿原域は平らな台地で、川がこの台地を浸食し、現在の河川や谷の原型を作りました。その後ゆっくりと気温が上昇し海氷が融け始めたため、陸地へ向かって海が広がる縄文海進が始まりました。
約6千年前には最も奥深くまで海が進入し、現在の湿原域のほとんどが海に覆われました。この頃を境に気温は徐々に下がりはじめたため海は退き、約3000年前にシラルトロ湖、塘路湖、達古武湖を海跡湖として残し釧路湿原が誕生しました。

釧路湿原のおいたち

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