現場で学ぶ「石炭基礎講座」=庶路・本岐炭砿跡を探訪=(終了しました)

釧路には、大正時代に始まった阿寒川水系の水力発電、バイオマス・太陽光発電などの再生可能エネルギー、そして環境配慮型の石炭火力発電など、多様なエネルギーの現場があります。
市立博物館と釧路青年会議所エネルギー戦略委員会では、それらを実際に見学し、エネルギーの基礎から実際、そして歴史から現在、未来を学ぶバス見学会を実施します。

このページの先頭へ

当日のようす

 本岐炭鉱  本岐炭鉱  庶路炭鉱
 本岐炭鉱 選炭工場跡  本岐炭鉱 密閉された坑口 庶路炭鉱 精炭ホッパー 
 庶路炭鉱  説明中  旧炭住街を歩く
 庶路炭鉱 ズリ山  西庶路錦公園の「発祥之地」碑  西庶路の旧炭鉱社宅街を歩く

15回目となった石炭基礎講座、今回も多くのお申し込みがあり抽選となりました。
35名の参加者は博物館より「まなぼっとバス」でまず明治鉱業本岐炭鉱へ。
本岐炭鉱跡は、坑口・原炭ホッパー・選炭工場・選炭工場・精炭ホッパー・積み込み施設・そしてズリ用ホッパーにズリ山まで残り、石炭生産システムを学ぶには最適の炭鉱跡です。
ついで庶路炭鉱跡に移動し、戦後の釧路炭田では通気用を除いては唯一の立坑、そして選炭工場跡やズリ山を見学しました。
西庶路市街へ戻り、西庶路コミニュティセンター内の「白糠炭田資料室」、また庶路炭鉱OBのご講話、そして旧炭鉱社宅街の街並みを巡り、帰途につきました。
ご案内いただいた、元庶路炭鉱在住の白木さん、本岐炭鉱OBの福間さん、庶路炭鉱OBの住谷さん、また立ち入りを許可くださった王子木材緑化(株)釧路営業所に、この場を借りて御礼申し上げます。
*通常、庶路・本岐炭鉱跡は許可なく立ち入ることはできません

このページの先頭へ

明治鉱業 庶路・本岐炭鉱

明治鉱業は地方財閥であり、麻生・貝島と並ぶ「筑豊御三家」の安川財閥の中核として、九州や朝鮮半島を中心に鉱山・炭鉱を所有していました。
釧路炭田にはやや遅れて進出、1938(昭和13)年に庶路で鉱区を買収し開発、庶路炭鉱とします。また庶路本岐炭鉱から本岐炭鉱を買収しました。1943(昭和18)年には両鉱で16万トンを生産しましたが、釧路炭田の他の炭鉱と同じく、1944年8月に「急速転換」により、庶路が保坑、本岐が休坑となります。
終戦後、庶路はすぐに、本岐も1947(昭和22)年に再開。また両炭鉱は庶路鉱業所の庶路坑・本岐坑となります。昭和30年代には、庶路坑では豊富な庶路川の水を利用して水力採炭も行われました。また1961(昭和36)年に竪坑が完成しましたが、その効果は余り得られないまま1964年に閉山、本岐坑は1962年に再び本岐炭鉱として分離、5カ年の期限付きで操業、1969(昭和44)年に閉山します。
最大の出炭は、1963(昭和38)年の35.2万トンでした。

このページの先頭へ